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四式中戦車砲塔
BA-3504

実車概要
 試製中戦車「チト」は完成した時点で武装の変更を与儀なくされた。
 備えられた57粍戦車砲が時代の趨勢について行く事は不可能である事は明白だったからである。
 換装の対象として白羽の矢が立てられたのは「試製五式七糎半戦車砲T型」である、この戦車砲は中国軍より鹵獲したボフォーズ社の75o対空砲に範を取って開発された四式七糎半高射砲を元に開発された。
 砲身長は4230o(3986oにあらず)と長砲身を誇りそれまでの旧軍戦車の装備の印象を一新するものであった。
 試製チト1号車に搭載する為に試製五式七糎半戦車砲T型はいくつかの変更を受けたが顕著な個所として。
  1.装弾装置の撤去
  2.平衡睡の追加等がほどこされ「試製五式七糎半戦車砲U型」として制定された(砲身長に変更は無い)
また、五式七糎半戦車砲用に大阪造幣廠にて砲塔が作製される事になったがその製法に従来試みられ無かった鋳造方法が選択されるが、一体での鋳造製法に自信が持てなかった同廠は砲塔左右と後部を鋳造し、後に圧延鋼板で作られた正面板と天板を介して一体化する折衷案を選択した。
 鋼板は日本製鉄が担当したが資材上の制約により、天板は装甲板の小片を溶接した状態となってしまった。
 また、別に鋳造されていたキューポラ本体と取附部は鋳造砲塔の歪みにより当初計画のボルト止めは不可能で一部を溶断し溶接せざるを得なかった。(特徴的なキューポラの形態は車内換気をエンジンの吸気負圧に頼る旧軍戦車において不可欠の処置であった)
 取りあえず形の整った鋳造砲塔は試製1号車と試製整備車の内の1輌(5輌を整備)を改修して搭載される事になった。
 先に車体が完成していた試製1号車はただちに実用テストに廻された、昭和20年3月の事である。
 同月16日に富士裾野演習場で動体試験を終えた1号車は翌17日に伊良子射場にて射撃試験を行った。そして、その際同行していたチヌ車に鋳造砲塔を搭載し射撃試験を行った。
 試験結果は
  1.操縦手、無線手への接触
  2.歯弧部の車体フレームへの接触
  3.腑抑ギヤ部の車体側各種補機類への接触
  4.砲塔の全周旋回の不可等の問題が露呈する事となるが概ね良好と判定された。(時局の悪化は明白であり、もはや「出来ません」などと言える状況ではなかった。)
 しかし、一時は「概ね良好」と前向きに判断されていたが、後にチヌ車体にチト砲塔を搭載するのでなく、チヌ砲塔に五式七糎半戦車砲を搭載する為に砲架寸法の変更が指示される等、この試みの以後の継続は対象外であり実験的な一例にとどまった。
 実験的な一例であったが国軍が火力の強化を速やかに行おうとした一例として耳目に値する。
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